hunterへの手紙その4

大好きだと送ってくれた向日葵


4:旅立ち前日:部屋の窓から見る最後の夕日

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Date: 2005年4月9日 17:56:00:JST
To: tetsuo_mori@mac.com
Reply-To:

Hunter あらためてありがとうございます。Hunterと出会わなければ今の私があったか分かりません。
人は裏切るでも薬は裏切らない。それは間違いであると分かりつつあります。信じてもいい人がいると教えてくれてありがとう。
まだ安心感という物が分かりません。でも頼れる場所があるというのがそうなんでしょうか?
誰も人は一人では生きていけない。そう思います。
本当にありがとうございます。

----------以上原文のまま(文字間のスペースも原文のまま)

Aiとの戦い
一本の電話から始まった。
           人は裏切る、嘘をつく
                  でも薬は裏切らない
私の心に突き刺さった言葉である。

電話が入った日から、Aiとの戦いが始まった。
親の愛情を知らず、全国(北海道釧路から九州鹿児島まで)13の施設を転々としながら生きてきた。
いじめ、虐待・・・感情を殺し続けた。

Ai俺と勝負だ。3月の卒業式までしか生きないという彼女と勝負する事にした。
卒業式の次の日、俺はお前と電話で話しをする。
春には、桜を見に行き、夏には海水浴客で賑わうビーチを半袖シャツ(腕の傷がひどく夏でも長袖しか着れない)で腕組んで歩く、秋には紅葉だ・・・。

携帯の悪戯メールや、無言電話など、恐怖は次々と彼女を追いつめた。
心療内科で処方された薬はもちろん、市販の風邪薬6瓶、鎮痛剤6箱を一度に服用していたのだ。
加えて、リストカット(もはやリストカットと呼べない静脈切りで両腕はずたずたであった)で血管を傷付け、脳に運ぶ酸素が足りなく、過呼吸を繰り返し、長く歩けず、夜11時頃から過呼吸と恐怖で痙攣を起こす毎日であった。
毎晩5時間以上携帯で命をつなぎ続けた。

3回だけ、会いにいった。歩けない彼女を背負い、駅の階段を歩いた。
誰もいない夜の公園にでかけた。
彼女が招待してくれたディナー(リストカットがひどい17歳の頃雇ってもらっていた店)で、きれいな花火がついたケーキが突然現れた。
皿には私の名前と HAPPY BIRTH DAY 涙で文字がかすんだ。逆じゃないか・・・。

明日彼女は上京する。
体重17キロまでになり死にかけた彼女を救ったのは栄養士だったという。
だから、自分も栄養士になりたいと言って勝ち得た入学である。

上京の前日に届いたメールと画像が上のものだ。

私とAiの戦いを支えてくれたのは、組織でもなく企業でも福祉でもない。
かつて私が救った、SAKO、SAKOの母(LETTERS2)、親友のSHIORIとYOSHIAKIであった。

上京後も、Aiは私に連絡すると張り切っている。
私は彼女との勝負に勝った。同時に彼女は自分自身との戦いに勝った。

人の心はあたたかい

                       4月9日 hunter


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