hunterへの手紙その7

こどもたち

昨年長崎の事件発生後頂いたメール


傷つけあうこと

長崎の事件が起きて加害者の少女の起こしてしまった悲しすぎる事件の結末に同じ年頃の子供を持つ親としてこれが決して他人事ではないという思いを一層強くするある出来事がありました。 携帯電話による掲示板への書き込みでした。

楽しく掲示板でおしゃべりを楽しもうとして開いた掲示板がどこでどう変わっていってしまったのか、参加する友人が増えるに従って、楽しいたわいもの無いおしゃべりはごく身近な間同士の悪口へとずれていってしまったのです。

そして結果的に友人同士の仲に亀裂が入り、傷つく誰かを生んでしまいました。
誰かが書き込んだたった一言の思いやりにかけた一言が誰も望んでいない方向にエスカレートしていってしまう。 面と向かって相手に口に出してはいけないことはたとえ言葉を交わさないメールであっても言葉にしてはいけない。顔が見えず相手が誰かもわからないぶん、無造作に投げつけられる言葉は時に人を想像以上に傷つけてしまうものなのに、何故そのことを考えることが出来ないのでしょうか。

自分が傷つけられた経験を持っていても、自分以外の人を傷つけないという歯止めにはならないのだろうか。毎日顔を合わせ、会話を交わし所謂「仲良し」と言い合う友達関係も一瞬にして壊れてしまうもろさをあらためて感じました。

友達って何?
言葉って何?

そしてそうして傷つけあってしまった友達同士が自分たちの口から「言葉」を発しお互いのすれ違いの原因なり誤解のもとを解決しようとしないのです。

私の娘も例外ではありません。「メールだと何でも喋れるけど、面と向かうとうまく言えない時がある」まだ、人の言葉の真意を理解する力や情緒が十分とは言えない年代の子供たちにとってこれが正常なのだろうかと疑問に思います。メールやインターネットの使い方のルールは使う側の心のあり方の上に成り立つものだと思います。まるで使い捨て同然に発した言葉たちが人の心も傷つけたまま、どこかへ消えていってしまう。 

本当にこれでいいのでしょうか。 便利さの裏で傷つく人が生まれることは悲しいことだと思います。 自分の口から言ってしまった
言葉は消すことが出来ません。でも、メールでは文字を消すことができます。
送る前に破棄することもできる。 それを考えるためのほんのわずかな時間を忘れないで欲しいと思うのです。人を傷つければ必ず自分も傷つくことになるのです。

自分が傷つき心が病めば、その病んだ気持ちを知らず知らずに自分以外の人にも伝染させていってしまいます。

 娘に最後に言った言葉。

たった一言で人を傷つけることも出来てしまうけど、たった一言で人を救えることもある。

 そうは思いませんか?


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